夏休み特別企画【エッセイ・私と地域③】
たいようのいえ(ぽぴー)
公開日:2025年8月19日

たった一度の短い訪問だったけど、あの日は、まるで窓を一気に開け放ったような気付きの連続だった。窓からそよそよ風が流れ込むように、新しい何かが私の中に入ってきた。そんな一日だった。

始まりは一本の電話だった。中高一緒だった友達から「学童興味ない?来てみらん?」と誘いがあった。どうも人手が足りていないらしかった。最初は、都合がつかず断ったものの、何週間後かにまた、「助っ人でもいいらしいけん、こらん?」と連絡があった。面接はあるか、履歴書は必要なのか、聞いてみた。「履歴書とかいらんし、面接はなんかカードゲームする。それしたら採用」と返ってきて、「ん?なんそれ?」と笑いながらも、不思議と気が軽くなっていた。初めてのアルバイト面接なのに、少しワクワクしている自分がいた。

金曜日、学童へ向かった。大学から歩いて十五分ほどの静かな住宅街。ナビとにらめっこしながらたどり着いたのは、どこにでもある普通の一軒家だった。「ほんとにここ…?」と戸惑いながら裏口を探し、恐る恐る入ってみると、そこには、まるで親戚の家に来たかのような温かさを含んだ空気が流れていた。

今日飼い始めたハムスターのように、びくびく縮こまっていた私を出迎えてくれたのは、まさかの大学の先生。知っている顔に少しホッとして、ハムスターからモルモットくらいにはなれたかもしれない。先生は「ボス」と呼ばれていて、子どもも職員もその呼び名を自然と使っていた。あだ名にさえ、この場所の空気がにじみ出ていた。

リビングのような部屋には、数人の子どもたちと、準備万端といった雰囲気。椅子に座るやいなや、子どもたちが一斉に寄ってきて質問攻めにあった。「え、誰?」「レイジの彼女?」と初対面の壁はまるで感じなかった。みんなが一気に話しかけてくるので、もう聖徳太子にでもなったかのような気分だった。名前も一回言ってはまた別の子に聞かれ、またまた別の子に聞かれみたいな、名札でもぶら下げてればよかったなあとしみじみ思った。でも子どもたちのそのストレートさが私の緊張を吹っ飛ばしてくれた。

カードゲームの面接はあっという間に終わって、気が付けば私も輪の中にすっかりまざっていた。面接のはずなのに「合格」も「不合格」もなく、ボスは何事もなかったかのように、すっと帰ってしまった。「思ってたよりあっさりだな」と思いながらも、そんなあっけなささえ、この場所の居心地の良さにつながっていた。

子どもたちのたくさんいるにぎやかな空間から、職員さんと二人きりの静かな空間に。今までのわちゃわちゃが嘘のようで、せっかくほぐれた緊張が舞い戻ってくるのを感じた。職員さんの雰囲気も子どもたちといるときとは少し違っていて、外から聞こえる子どもたちの声が、この部屋だけをまるで別の場所にしていた。

「子どもたちの命を預かっているということ、忘れないでね」

職員さんのその一言に、背筋がすっと伸びるような感覚が走った。遊びの延長にある責任、その重みを、ようやく理解し始めていた。

ここには、特別な支援が必要な子供もいるという。その知らせに、胸の奥が静かに波打った。私は特別支援学校の教員を目指している。夏には実習も控えている。きっとここでの経験が、私の歩む道にとって大きな手掛かりになる。そんな予感がした。

再び子どもたちのもとへ戻ると、私はすでに外の人ではなくなっていた。あだ名で呼ばれたり、いきなり呼び捨てにされたりして、「お、おう…」となる場面もあったけれど、どれもどこか新鮮で、くすぐったくて、心がほどけていった。

子どもたちは、元気というより嵐のようだった。ハエたたきを持った子に「ゴキブリ出るよ」と言われ、「じゃあゴキブリ出たら頼んだよ!」と言ったら、なぜか私の頭がぺしんと叩かれるという展開に。一瞬フリーズしたけど、じわじわと笑いが込み上げてきた。ここでは、日常の小さなハプニングさえ、どこかあたたかかった。

積み木の取り合いで言い争う子たちにどう声をかけていいか分からず戸惑っていると、別の職員さんが自然に会話を切り替えてくれた。その手際の良さに、「わあ…」と私は小さく感動した。だけど、自分がうまくできなかったことに、少しだけしょんぼりもした。でも、しばらくすると、子どもたち同士で自然に積み木を譲り合っていた。まるで、誰かの言葉を借りずとも、子どもたちは自分たちで世界をつくっていけるということを教えられた気がした。大人は、ただ見守るだけでいい時もあるのかもしれない。

帰る時間になって、「次はいつ来るの?」「夏休み?めっちゃ先じゃん!」と名残惜しそうにしてくれる子どもたち。その一言一言が、あたたかく心に残った。職員さんたちも、初めて来た私を自然に受け入れてくれて、本当にうれしかった。まるで、ずっと前からここにいたような、そんな気さえした。

帰り道、胸の中はずっとぽかぽかしていた。「たのしかったな」「また会いたいな」って思いながら歩いた。「自分って教員に向いてるのかな」と迷い続けていた気持ちが、あの日の空気に、そっとやわらかくほぐされた。

子どもたちと過ごす時間は、まるで手のひらにこぼれる日だまりみたいだった。あたたかくて、形がなくて、でもたしかにそこにあるもの。

その場所で見つけた居場所は、子どもたちにとってのものでもあり、私にとっての学びの入り口だったのかもしれない。

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 © 小笠原 拓 2015