夏休み特別企画【エッセイ・地域と私⑦】
汽車(やさい)
公開日:2026/10/13

「進級おめでとう。」
今日はゴールデンウィークの最中である。普段は私の方が地元である島根県へ電車で帰省するのだが、今年から始めたアルバイトのシフトの関係もあり、帰ることができなかった。代わりに両親が一時間半かけて鳥取市へ来てくれ、とある焼き肉屋で進級を祝ってもらった。



「アルバイトは慣れたか」
「いつもの子たちとは仲良くしているか」
「サークル活動は順調か」
「最近、村上がメジャーで大量にホームラン打っているらしいな」



なかなか会話が絶えない。大学に入学する前までは、特に話すことなんてなかったのに。話したいという気持ちや話題の数がこれほどになるまで、両親と距離を置いて過ごしていたのだろう。



そろそろお腹もいっぱいになってきた。この店へ行く前に、手前の薬局で買った氷も解け始めてきている。潮時だろう。一階のフロントで会計を済ました。扉を開け外へ抜けると、改めてこの鳥取の空気を味わった。とても澄んでいて涼しく、周りの家庭の料理のにおいもする。今回は隣に両親もいる為、自然と島根の空気感も同時に連想させられた。そうして郷愁に浸っていると、
「せっかくだから駅から帰るか」
珍しく父が提案をし、早速私たちは駅へと向かった。道中は線路沿いにある住宅街であり、薄暗く足元もおぼつかない道である。ただその風景も島根そっくりであり、初めてのはずなのに、どうも歩きなれているような感覚であった。



こうして今までの道中が故郷の空気や景色を漂わせていた中でついに駅へ到着したが、その瞬間、ぼんやりとしていた景色の輪郭がはっきりとした。小さな駅舎、無人で薄暗いホーム、きっぷの回収ボックス、私の実家の最寄り駅そのものであった。まるで鳥取にいることを忘れそうなほどに。あまりのそっくりさに、私は駅の前で呆然と立ち尽くした。そしてふいにこの風景を写真に収めたくスマートフォンを手に取り、撮影した。同時に母もスマートフォンを構えている。



そして駅の中へと入っていき、券売機で切符を購入してからホームへと向かっていったが、これは困った。一番乗り場にそれぞれ鳥取・浜坂方面と倉吉・米子方面が割り振られているではないか。一体どっちの車線で待てばいいのだろうか。そう慌てているうちに電車は着実にこちらへと迫ってくる。一度冷静になり、もう一度時刻表を見直した。



「なんだ簡単じゃん。」
よく見ると各時刻の右下に小さく①、②と書かれているではないか。どうやら私たちが向かうべき場所は二番乗り場らしい。時間も予定ではあと二分をきっている。親子そろってホームを駆け抜け何とか予定時刻ぎりぎりで二番ホームにたどり着くことができた。しかし、電車は予定の時刻になっても来ない。むしろ反対側の一番乗り場では電車が駐留している。出発予定から五分が過ぎた。反対の電車も鳥取・浜坂方面へと姿を消していった。



「あっちの電車は反対側に行っちゃったけど俺たちの乗る電車はどうなったんだ。」
そうやって不安になりながら暗闇に消えていく電車を見送ってしばらくした後、そこから一筋の光がこちらへと向かってきた。ついに私たちが乗るべき電車が到着した。どうやら奥の方でレールが一つに合流しており、一方の電車が行かなければもう一方の電車も通ることができないらしい。いわゆる単線合流というものだ。また今回は遅延もあったらしく余計に混乱した。



安心して電車の中に乗り込み一番手前にあった席に座った。母も隣に座るが、父は席に座らずずっと電車内を見渡し、運転席のほうも覗き込んでいる。少し恥ずかしい気もしたが、周りに人はおらず、せっかくの父からの提案であり好きにさせてあげようと思った。
「なあ知ってたか。鳥取には電車じゃなくて汽車が通っているんだぞ。電車と汽車は何が違うか分かるか。」
父は私にそう自慢げに語りかけてきたが、そんなことはサークル活動で何回も聞いておりとうに知っていたさ。



知ってはいた。ただ私は感覚として「電車」に乗っているように感じていた。父の言葉を聞いてから、徐々にその「電車」が「汽車」へと姿を変えていくような感覚があった。私は、窓の外の暗闇をぼんやりと眺めながら汽車に揺られていった。そうやって故郷を感じさせられたこの鳥取であったが、空気もなかなか悪くない。今度は何を思い出させてくれるだろうか。





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本エッセイは、2026年度「地域調査プロジェクト」(担当:木村穂乃香先生)において作成されたエッセイ集『あおいあさがお(vol.2)』から転載したものです。

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© 小笠原 拓 2015